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藤沢の歴史
時代変革期の主要人物がかけ抜けた街道、各時代で踊り・物語・歌・絵と関わる文化の地、江戸期以来の観光スポット
▼藤沢は、鎌倉や江戸という中世主要都市の街道沿いにあるという特性から、時代変革期の主要人物が多くここをかけ抜けました。源平合戦の頼朝や義経、鎌倉幕府に挑む新田義貞や足利尊氏、戦国時代の扉を開く北条早雲、関が原に向かう徳川家康、京より江戸に向かう西郷隆盛の官軍、東京遷都の行幸中の明治天皇。
▼同時に、一遍上人が踊念仏をはじめ、更科日記の菅原孝標女、西行、方丈記の鴨長明が自然を称え、北斎や広重が景観を描き、十返舎一九の物語に登場し、明治大正の文人たちが静養しながら語り合い、岸田劉生が麗子像を書き、サザンの歌にも登場する文化の地でもあります。
▼そして、東海道の宿場町、江ノ島と時宗本山遊行寺という2つの参詣拠点、明治期以後海水浴場をもつ江戸期以来の観光の地でもあります。

そんな視点で、簡単に年表をまとめてみました。
時期 政治的できごと 文化的できごと 拠点の歴史
江ノ島/遊行寺/藤沢宿
平安末期 武勇で名高い鎌倉景政が大庭御厨(おおばみくりや:今の藤沢・茅ヶ崎辺)開拓 ※更科日記に西富(現在の遊行寺付近)が描かれる  
源平争乱期 頼朝の父、源義朝が大庭御厨に侵入
大庭御厨の主、大庭景親、石橋山合戦で源頼朝に勝利も、後に捕えられ滅びる
白旗神社、討取られた義経の首を埋葬し弔う
※西行法師が砥上ヶ原(茅ヶ崎〜藤沢南部辺)で歌を詠む
源頼朝、江ノ島で戦勝祈願
鎌倉時代   ※方丈記の鴨長明が片瀬で歌を詠む
日蓮、竜の口で法難

一遍が片瀬の地蔵堂で踊り念仏
江ノ島、地震による隆起で引き潮時地続きになる(1215)
鎌倉末期 新田義貞が鎌倉攻の際、片瀬を通過
足利尊氏辻堂・片瀬原合戦で北条時行に勝利
  呑海上人が、遊行寺を創建(1325年)
室町時代   藤沢の小栗判官・照手姫の伝説このころ形成か? 時衆台頭し、藤沢、遊行寺の門前町として発展
戦国時代 北条早雲、玉縄城を築き大庭はその支配下となる
北条氏、豊臣秀吉に破れ藤沢、徳川家康の支配下に
  北条氏が江ノ島を傘下におき厳しく保護
藤沢(坂戸・大鋸)の宿が発展
江戸前夜 徳川家康、関が原の戦いへの行程で藤沢御殿に宿泊    
江戸 藤沢は幕府直轄領となる 東海道中膝栗毛で藤沢が登場
白浪五人男の弁天小僧、江ノ島生と設定される
広重が藤沢宿を、北斎が江ノ島を浮世絵に描く
遊行寺付近に、近世藤沢宿(東海道五十三次の1つ)が成立

江ノ島詣人気となり、江ノ島道(藤沢宿〜江ノ島)賑わう
幕末 西郷隆盛を参謀とする官軍江戸進攻の際、藤沢通過

明治天皇、東京遷都の為、江戸行幸。遊行寺で宿泊
   
明治・大正   鵠沼の東屋旅館に、芥川龍之介、志賀直哉、谷崎潤一郎、菊池寛他多くの文人が滞在する
岸田劉生、鵠沼に住み「麗子像」などを制作
(江ノ島)片瀬の海水浴場が開設される(1915)
戦前   中国国歌の元曲「義勇軍進行曲」作曲のニエ・アルが鵠沼海岸で溺れ亡くなる  
戦後
平成
  石原慎太郎氏が藤沢市内の湘南高校卒業
昭和天皇、江ノ島水族館を始めて訪問(1956)
東京オリンピックのヨット競技が江ノ島で開かれる
サザンオールスターズのデビュー曲「勝手にシンドバッド」で江ノ島歌われる。
海水浴場が夏季に大人気となる
    ※に関しては史実や場所の特定に緒論があるものです(不確実な部分あり)
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