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全国盆踊り
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8月16〜17日  「新野踊り」(にいのぼんおどり)  その5
踊り神送り
会場では、いぜん「能登」を踊り続ける人たち。しかし、次第に緊張感がただよってきます。

行列が出ていってから10分ほどたったでしょうか。
突然「ドン、ドン」という鉄砲の音があたり一帯に鳴り響きました。なにかの合図のようです。踊りはいよいよ熱がこもってきます。

やがて、遠くの方から灯籠の行列が戻ってきました。手鉦をじゃんじゃんならし、口々に「ナンマイダンボ」「ナンマイダンボ」と唱えつつ行進してきます。これは古い中世の念仏芸能の伝統が残る唱え言葉。

見たこともない、異様にインパクトのある集団です。

戻ってくる行列

「ナンマイダンボ」の声
実にこれこそが、新野のお盆の終わりの光景なのです。

戻ってきた灯籠の行列は、いまやまさに「お盆」そのものとなっています。「お盆」の行列の手前はまだ「」で、後ろはもう「」なのです。そのため、ここでは、過ぎゆく夏と秋の到来を文字通り目の前で見るという、非常に珍しい体験をすることができます。

そして、「お盆」の行列が自分たちの前を通過してしまうと、人々は次々と踊りをやめて行列の後ろに従っていきます。「お盆」が過ぎて秋になったところでは、もう来年のお盆まで踊りを踊ることは許されないのです。
「生」と「死」の交錯
突然、道の真ん中に7〜8人の若い男女が飛び出しました。
スクラムを組んで踊り始めます。猛烈な早さで唄っているのは「能登」の踊り歌のようです。


若者たちはぐるぐると踊り回りながら、行列の行進をさえぎってしまいました。


スクラムが行列を止める
「お盆」の行列は、スクラムの前でいったん立ち止まりましたが、やがて動きだしました。

屈強の世話人たちが若者のスクラムに手をかけ、一人ずつひきはがしていきます。最初は手加減していましたが、やがて双方とも本気になってしまい、喧噪の中でスクラムは蹴散らされてしまいました。
おそらくかつてはスクラムを組む方にいた若者が、いまは年を経て、輪を壊す方にまわっているのでしょう。そして、「ナンマイダンボ」を唱えつつ、再び切子灯籠の行列が堂々たる行進を再開しました。
しかし若者達もあきらめてはいません。すぐに起きあがり、「お盆」を10mほど先回りすると、またしてもスクラムを組んで抵抗します。すでに踊りを止めた人たちも、これを見ようと一斉に移動していきます。そして再び行列がスクラムの中につっこんでいく。 もう、踊る方も見ている方も、興奮は最高潮です。

全くすごい光景でした。

最後の気合いを入れて

家々の窓からも応援
阿満利麿「宗教の深層」(ちくま文庫)では、このシーンを「生(青年)と死(切子灯籠)のせめぎあい」と表現しています。しかし、結局は「死」が勝利を収めます。「これは無常の姿そのものではないか」というのが、阿満氏の洞察です。

一人の中学生くらいの子が、お父さんに背中にを押されてスクラムに入ってきました。最初ははにかんでいましたが、あっというまに興奮の渦に巻き込まれて、夢中で踊っています。2・3年後には、彼もスクラムの中心になっていることでしょう。そして、家々の2階からは、それを見守るまなざし。このひととき、この場所にいる人たちの表情の変化と豊かさは、とても言葉でいいあらわせません。

若者たちの抵抗は幾度も幾度も繰り返されましたが、通りの端まで来たところで、とうとうあきらめたようです。「お盆」の行列を先頭に、踊り子や見物客もみんな後に続き、町外れに向かって進んでいきました。

時間はすでに7:00。
もうすぐ始発バスの時間です。
時間的にも体力的にもリミットとなったわれわれは、通りの端で行列を見送ると、朝の光の中を静寂の戻った街並みへと戻りました。

町外れへ向かう人々

静けさの戻った町並み
お盆をしめくくる「秋歌」
結局我々は見ることができませんでしたが、このあと行列は町外れの寺の裏山に登り、墓場の前で切子灯籠を並べます。みんなが見守る中、修験者が真言を唱え、やにわに刀を抜くと、灯籠をバッサリと切り捨てます。その後、灯籠を燃やし、霊送りの鉄砲を放って、お盆の行事が終わるそうです。

面白いのは、行事の終わったあとはみんな後ろを振り返ってはならず、逃げるように急いで帰ってくるということです。後ろを振り返ると、いま送り出したばかりの霊が未練を持って、ついてきてしまうのだそうです。「たま送り」の伝統の精神文化が、ここにも表れています。

そして帰りの道々に、みんなで「秋歌」を口ずさみます。

秋が来たそで鹿さえ鳴くに
なぜか紅葉が色づかぬ

       (新野盆踊り「秋歌」より)

盆の去ったことを精霊達に告げるとともに、生きている人たちに対しても楽しいお盆休みの終わりを確認する歌で、明らかに盆踊り歌とは雰囲気が異なるものです。
こうした秋歌は、いまでは九州宮崎の椎葉村周辺など、いくつかの地域にしか残されていないそうです。
さらば天竜!
帰りのバスが、温田駅につきました。

最終日もよく晴れて、寝不足ながらも気持ちのいい朝です。
電車の待ち時間に、駅裏手の高台に登ってみました。眼下はるかに美しい天竜川の清流が滔々と流れています。向かいの河岸に目を転じると、少し高くなっているあたりに、山村が点在しています。三遠信地方は、天竜川の生んだきびしい自然地形で隔てられた山村が多く、このことが貴重な伝統文化を現在に残す一因になったようです。

はるかなる天竜川の流れ
飯田線の車内から天竜川を眺めつつ思い起こすと、3日間の徹夜踊りはそれぞれに印象的であり、特に新野の体験は驚きでした。

まだまだ未知の盆踊り、未知の日本文化が全国で眠っているはずです。来年もまた、新しい驚きと感動を求めてぜひ次の盆踊りを訪れたい、そんな気分のうちに、取材班の2000年の盆踊りシーズンは終わりました。
                              (終)
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