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盆踊りの枠組み
踊りの芸態〔2〕
踊りの集団形態その1
盆踊りの芸態は、「集団形態」というマクロな面と、踊り子の「振り」というミクロな面の、2つの視点から見る必要があります。ここでは、まずマクロな「集団形態」について見てみましょう。
◆集団形態を分類する
盆踊りは特別な人たち=プロによる芸能ではなく、素人が「みんなで踊る」ための芸能です。したがって、盆踊りの芸態としては、まず「集団がどういうかたち(=フォーメーション)になるのか」という集団形態の問題が重要になります。
具体的には「輪踊り」か「行進踊り」か、といった話のことで、これまでも盆踊りについての研究やレポートでも必ず触れられてきました。
しかしながら、調べていくうちに、盆踊りの集団形態には非常に多様で豊かな内容があり、単純な2類型ではとらえきれないおもしろさがあることに気づきました。 ※盆踊りの集団形態については、これまで研究者・記述者によって用語や分類概念が一定せず、わかりにくくなっている面もあるようです。
そこで、本サイトでは独自の盆踊り集団形態分類試案をつくってみることにしました。
表 盆踊りの集団形態の分類試案
注)複数類型に該当する盆踊りも多く、一盆踊り=一類型にはならないことに注意。 
あくまで試案ですので、今後の新しい盆踊りとの出会いや研究・議論を通じて、より実りあるものに育てていきたいと思っています。

以下、各類型の特徴について見てみます。
※この試案の特徴は、@「踊りの場所」の問題と「集団形態」の問題を区別したこと(場所については「盆踊りの空間」で整理)A従来1.2.だけで語られることの多かった類型に、新たに3.4.5.を加えたこと、の2点です。
1.輪踊り型
「輪踊り型」は、文句なしに日本の盆踊りを代表する基本的な集団形態です。というより、世界中の民族の踊りの基本形態であるといってもいいかもしれません。伝承系・現代系の盆踊りを通じて最も広く見られる形態です。

西洋などでは、手をつないで輪になる輪踊りがよく見られますが、日本の輪踊りではほとんど見られません。しかし本田安次・星野紘氏らの調査により、岐阜県や琉球孤などにも手をつなぐ盆踊りの存在が確認されています。岐阜県の白鳥踊りでは、前の人の肩に手を置いて輪になるという珍しい踊りも見られます。

踊りの輪は、人の数が多いときは2重・3重になって踊られることもあります。








踊りの輪が重なる
<030913・青山梅窓院>
◆踊りの場所との関係
踊りの場所の面でも、輪踊り型には限定はありません。前に「盆踊りの空間」の項で挙げたほとんどあらゆる場所で踊られています。
また、「移動踊り場」のタイプでは、移動先の踊り場ごとに、輪踊りが催されるというかたちになります。
◆集団のうごき
輪踊りの集団の動きの特徴は、踊りの輪が回転することです。ふつう、踊りの種類ごとに右回り・左回りが決まっていて、踊りが変わるときに回転の方向がチェンジします。「右回りか左回りか」については、仏教的解釈をしている地域などもありますが、どちらのタイプの踊りも全国に広く見られます。
また、踊りによっては、輪がすぼまったり広まったり、といった面白い動きが見られることもあります。※







※世富慶エイサー「あやぐ節」など
◆「口説き」に適した輪踊り
盆踊りの集団形態は、踊り以外の芸態とも関係してきます。輪踊り型は、一定の場所で長時間踊るのに適していることから、「口説き」のような長い盆踊り歌と関係が深く、全国の口説き型の盆踊りのほとんどは輪踊り型であると考えられます。
◆輪踊りの歴史
歴史的に見ると、輪踊りというかたちは、すでに鎌倉時代末期の「一遍聖絵」で確認できます。一遍が初めて踊り念仏を踊った信州小田切の里の踊り念仏は、たしかにいまの「輪踊り型」の盆踊りを彷彿とさせるものです※。記念すべき最初の踊り念仏で、時衆がごく自然に「輪踊り型」で踊り始めていること、それは行進型でも列踊り型でもなかったということは、注意すべきです。すでに彼らに先行して、輪踊りの文化が他の芸能や民俗の中にあったと想像されるからです。ただし、それがどのような内容のものであったかがわかる史料は現在見いだされていません。

一遍の「踊り念仏」は個人の信仰的側面が強く、芸能と呼ぶには抵抗がありますが、盆踊りの芸態の歴史を考える上で参考になる事例です。ちなみに、文献上盆踊りの登場が確認できるのは、一遍の踊り念仏からさらに1世紀以上あとのことになります。



◆輪踊りの中心
ところで小寺論文でも触れていますが、「輪踊りの中心」には何があるのだろうか、ということが気になります。

盆踊りの初期形態である風流踊りでは、中心に風流笠と呼ばれる笠や造り物を置いて「中踊り」と呼び、それらを取り巻く手踊りを「側踊り」(がわおどり)と呼びました。中踊りは、それまで風流拍子物(はやしもの)で使われていた霊の依り代を取り込んだものと考えられています。輪踊りの中心には、やはり何らかの宗教民俗的な意味が込められていたようです。

山路興造氏は、江戸時代に入るとこの風流踊りの中踊りが脱落し、側踊りが独立して輪踊り=盆踊りになっていく、という説を提唱されています※。

現在輪踊りの中心には、踊り櫓が置かれるケースが多く見られますが、もはや宗教民俗的な意味合いはあまり見られないようです。ただし新野盆踊りのように、櫓の周囲に切り子灯籠を巡らせてその回りを踊るという形で、明確に宗教民俗的な意味合いを残す土地もあります。




猟師かんこ踊りにて。激しく踊る中踊りと、取り巻く側踊り
<040813・三重県猟師町>
※藝能史史研究會編「日本芸能史4」法政大学出版局
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