炭坑節にマツケンサンバ。明治時代の日本のローカル・ナンバーに、戦後ハワイのオリジナルソング。ハワイのボン・ダンスは、多彩な「うた」と「踊り」、豊かで魅力的なな芸態を持っています。

わたしたちも踊りの輪に入って、いよいよその姿に迫っていきましょう。

盆踊り芸態の「基本単位」
動きのある複雑な「芸態」をどのように分析するかは、けっこう難しい問題です。
まずは、「うた」と「踊り」に着目して見ましょう。

盆踊りの「うた」と「踊り」は、いつも「セット」になっています。「炭坑節」、「東京音頭」、「ポケモン音頭」などを思い起こせば、いずれも独自の「うた」と「踊り」が結びついて、1つのセットになっていることがわかります。

「うた」と「踊り」のまとまり。しばしば「○○音頭」「○○節」といった名前で呼ばれるもの。これこそが、盆踊りの芸態の「基本単位」=踊り曲です(図表1の左側)。

図表1  2つの「基本単位」


盆踊りの「芸態の基本単位」と呼ぶのは、この”まとまり”の中に、盆踊りの芸態の主要な要素となる「言語要素」「音楽要素」「身体要素」の3つがすべて含まれているからです。

たとえば、うたの歌詞は、”言語要素”で、メロディーやリズムなどは”音楽要素”です。そして踊り-”身体要素”には、いわゆる「振付」や、踊り全体の「隊形」(輪踊り、列踊りなど)があります。その他にも、言語要素としては「囃子詞」、音楽要素には「楽器演奏(太鼓・笛などのハヤシ)」等が芸態に含まれます。

少々困るのは、この「芸態の基本単位」を指すよい用語がないことです。盆踊りの場にいる人々の間でも、「音頭」「踊り」「盆踊り」など様々に呼ばれており、一定しません。このため、本サイトでは「踊り曲」という仮設用語を導入しています*1。

ハワイには、たくさんの「踊り曲」が見られます。これらの「踊り曲」の種類と類型を調べることが、ハワイのボン・ダンスの芸態研究の出発点になります。

「踊り曲」には、言語・音楽・身体
の3つの要素が含まれる
(08.08.08 オアフ島アラモアナ)

開催単位と踊り曲の関係
踊り曲が「芸態の基本単位」であるとすれば、盆踊りにはもうひとつ、「開催の基本単位」という視点があります(図表1の右側)。

わたしたちがふつう「盆踊り」として認識している対象で、コミュニティ等を母体に年中行事として開催される盆踊りのことです*2。日本なら「郡上踊り」とか「○○町内会盆踊り」、ハワイなら「パールシティ本願寺盆踊り」「真言宗ハワイ別院盆踊り」といった単位=まとまりのことです。

踊り曲の特徴
さて、この「開催単位」との関係で見ると、「踊り曲」には以下のような特徴が認められます。

踊り曲の
”複数性”
一晩の「盆踊り」(開催単位)では、多くの場合何曲もの「踊り曲」(芸態の基本単位)が踊られます。
踊り曲の数や種類、上演の順序や回数などが、興味深い研究テーマとなります。
踊り曲の
”独立性”
一方、「踊り曲」は必ずしも盆踊りの開催単位にしばられることなく、それ自身が独自の地域的分布や流通、歴史を持っています。
このため、ある地域の盆踊りを芸態面で研究するときには、その地域に存在している踊り曲の種類と分布、系譜などが論点となります。

以上のような芸態の基本的な”まとまり”や特徴は、現代の日本の盆踊りとハワイのボン・ダンスの間で共通しています。このため、以下のボン・ダンスの芸態分析には、日本の盆踊りと共通の視点や用語を適用したいと思います。

■「踊り曲」の種類
それでは、さっそくハワイのボン・ダンスの「踊り曲」の種類・類型を調べてみましょう。

図表2 ハワイのボン・ダンスにおける「踊り曲」の種類

「伝承系」と「現代系」
この分類試案では、日本国内の「踊り曲」や「盆踊り」の分類で使っているのと同じ「伝承系-現代系」の分類軸を適用してみました。

*伝承系踊り曲
伝承系踊り曲の「伝承」とは、単に”古い”という意味ではありません。
近代的録音再生メディア(レコード・CD等)を介さず、口承・対面の民俗伝承の方法で移入・伝承・上演される、という性格を持つ踊り曲のことです。

民俗伝承であるため、基本的に「創作者(作曲・作詞・振付)」を特定できず、またレコード等のメディアを使わないためライブミュージック(ナマ唄や囃子)になるのが特徴です。

*現代系踊り曲
これに対し、「現代系踊り曲」は近代以降に制作されたものです。
創作者と創作時点を特定することが(原理的には)可能であり、流布や上演の際にはレコードなどの近代的録音再生メディアが利用されること、近代的商業主義との関係がしばしば密接になる点などで、「伝承系踊り曲」とは対照的な性格を持っています。

≪日布比較≫ ハワイと日本・「伝承」のあり方

ハワイと日本の盆踊りに、同じ「伝承系」という分類を適用することの妥当性はどうでしょうか。

ハワイと日本では、「伝承」のあり方に相違がみられます。
ハワイにおけるボン・ダンスの場合、伝承のプロセスに「移民という出来事」を介しているため、伝承の母体が日本本土の”伝統社会”のコミュニティではなく”移民コミュニティ”になること、また戦後になると「ボン・ダンスクラブ」が伝承に関係するようになったことなどが、日本国内における伝承系踊り曲と異なる点です。

しかし、もともと盆踊りには人の移動に伴って移動する性質があること、また日本国内でも戦後にはいわゆる「保存会」が多く形成されていること等を考えあわせれば、「伝承系」の基本的な特性は、ハワイも日本国内も共通する部分が多いといえます。むしろ「伝承系-現代系」の分類軸を共有することにより、ハワイのボン・ダンスと日本国内の盆踊りを比較する上での豊かな論点が得られるのではないかと考えています。

踊り曲の「多様性」・「重層性」
図表2を見て明らかなように、ハワイのボン・ダンスの踊り曲には移入の時期や成立過程、伝承・上演のあり方などの異なる複数の類型があることがわかります。こうした踊り曲の「多様性」や「重層性」は、ハワイのボン・ダンスが長い歴史的経緯の中で展開してきたものであることを物語っています。

それでは、図表2の個々の類型を詳しく見てみましょう。

1.伝承系踊り曲

ハワイの「踊り曲」の中でもっとも古い歴史を持つのが、この「伝承系踊り曲」です。これは戦前の日系移民が自らの出身地の盆踊りを持ち込み、定着したもので、明治時代の日本で踊られていた「伝承系踊り曲」が、ハワイに移入・伝承された形となります。すでに廃絶した踊り曲もありますが、現存の伝承系踊り曲はいまもハワイのボン・ダンスの中で中心的なポジションを占めています。

北米・南米はじめ世界の他の地域ではこうした伝承系踊り曲の現存は確認できておらず、伝承系踊り曲の存在は、現在のハワイのボン・ダンスのきわめて重要な特徴と考えています。

伝承系踊り曲
現存 廃絶(確認されているもの)
「福島音頭」(福島県)
「岩国音頭」(山口県)
「八木節」(福島県) *3「エイサー系踊り曲」
(沖縄県)
「大河踊り」(広島県)
「新潟踊り」(新潟県)

ハワイのサトウキビ・プランテーションでは、基本的に出身国・出身県別に移民コミュニティが形成されていました。初期の伝承系踊り曲は、ふるさとを共にする移民同士が、共通の記憶をもとに共同行事として催行し継承されたものと考えられます。
たとえば「福島音頭」は福島県出身移民、「岩国音頭」は山口県岩国市出身移民、「エイサー系」の一連の踊り曲は沖縄県出身移民が、それぞれ移入当初の担い手となったようです。

人気の”ライブ・ミュージック”
ハワイのボン・ダンスで圧倒的人気を誇るのが、これら伝承系踊り曲です。わたしたちもハワイで「福島音頭」を体験しましたが、音頭が始まる前になると待ち構えたように踊り手の参加が増え、独特の熱気とノリが感じられました。

こうした人気の一端が、音頭取りによる「ナマ歌」や、囃子方による「ナマ演奏」といったいわゆる”ライブ感覚”にあるのは間違いありません。現在は、「ボン・ダンスクラブ」(後述)が演奏(音楽要素)の中心的な担い手となっています。

踊り-振付と隊形
ハワイのボン・ダンスも基本となる振り付けは決まっていますが、実際の踊りの輪はけっして厳密に統制のとれたものではありません。日本の盆踊りと同様、個々人の踊り方にはある程度の自由度があり、味わいを出しています。私たちがお話をうかがった、ハワイ大学のボン・ダンス研究者Van Zile氏も、他の多くの芸能にはないこうした動きの自由度が、ボン・ダンスの大きな特徴であると話されていました。

伝承系踊り曲については、映像資料でぜひ踊りの芸態と雰囲気を味わってみてください。

福島音頭 踊りの輪は時計回りで、東京音頭などとは逆回りになります。軽く跳ねたり、スピード感のある踊りで、「日本の相馬音頭のこと」と説明されますが、見比べてみてください。 (映像)
福島音頭
(参考)
相馬音頭
岩国音頭 手のひらをくるりとこねる動きや、足を軸にした回転などの動きに特徴があるようです。隊形は、福島音頭同様時計回りです。 (映像)
岩国音頭
八木節 手ぬぐいが使われるのがポイント。首にかけたり、両手で伸ばしたりとその使われ方は多彩です。伝承系(福島県)と現代系の2つの起源説があります。 八木節
エイサー系
踊り曲
エイサー系の伝承系踊り曲は曲数が多く多彩ですが、名護市付近の男女混合の手踊りに特徴があるようです。私たちの訪れた世富慶エイサーと雰囲気をくらべてみてください。 (映像)
(参考)
世富慶エイサー

◆コラム 幻の「新潟音頭」◆
現在残る伝承系踊り曲以外にも、かつてハワイには最大の移民集団・広島県出身者による「大河(おこ)踊り」や、新潟県出身者による「新潟踊り」などの伝承系踊り曲が存在していました。いずれも現在では伝承が絶えており、ボン・ダンスの場で踊られることはありません。

ちなみに「新潟音頭」については、比較的最近の1970年代まで「新潟音頭愛好会」が存在していたことが確認されています*4。実際に踊った記憶のある人をたどることにより、その発掘・記録を行うチャンスが残っているのではないでしょうか?

2.現代系踊り曲

戦前の1930年代、日本本土の「新民謡ブーム」を背景に、日本の流行新民謡の踊り曲を移入したのが「現代系踊り曲」の始まりです。

レコード等の近代的メディアが媒介する点が、先に見た伝承系の踊り曲と大きく異なるところです。こうした現代系踊り曲の移入は、戦争をはさんで現在に至るまで続いています。長期間にわたる移入の結果、「現代系踊り曲」は、数の上では現在のハワイのボン・ダンスの踊り曲の大多数を占め、膨大なレパートリー・アーカイヴが形成されています。ハワイのボン・ダンスの輪に入ると、実際に踊られているアクティブな踊り曲の多さに驚きますが、そのうちの多くはこの「現代系踊り曲」です。

「現代系踊り曲」の種類はたいへん多いため、ここではその創作プロセスの相違して「民謡音頭系」「現代音頭系」「仏教系」「ハワイ・オリジナル系」の4タイプに分けてみました。

(1)民謡音頭系踊り曲

戦前に移入された「東京音頭」「八木節」、戦後の「炭坑節」「常磐炭坑節」など。現代系踊り曲の中ではもっとも古い歴史をもちます。もともと日本の各地で新民謡運動や戦後の民謡ブームの際の「ご当地音頭」として制作されることが多かったことから、「地域性」を有していることが特徴です。炭坑節などは、日本の盆踊り同様ハワイのボン・ダンスでも人気のナンバーです。

民謡音頭系踊り曲

民謡音頭系踊り曲
「東京音頭」
「炭坑節」
「八木節」
「常磐炭坑節」
「大新潟音頭」
など多数

民謡音頭の芸態-日本のコピーとハワイ・オリジナル
「民謡音頭」の移入に重要な意味をもったのが、レコードなどの近代的メディアの登場でした。これらの民謡音頭はレコード、テープ、CDなどのメディアを介して移入され、上演の時には、これらのメディアがそのまま音源となります。こうした日本のコピーとなる伝承・上演形態の特徴を、「録音再生型」と名付ける研究もあります(例えば早稲田みな子氏によるカリフォルニアの盆踊りの研究:*5)。

もっとも録音再生とはいっても、民謡音頭系踊り曲が完全に日本本土のオリジナルのコピーになるわけではありません。たとえば戦前には、アマチュア音楽グループによって東京音頭などの民謡音頭系踊り曲の音楽が演奏(伴奏)されることもありました。

特に振付については、日本本土のものを参考にされる傍ら、戦後の民謡クラブの師匠などの手によりハワイオリジナルの振付も行われてきました。そもそも、参照先である日本本土においてすら、振付が単一というわけでもなかったようです。ハワイ大学のBarbara.B.Smith 氏は、1960年夏に日本本土の盆踊りで炭坑節の振付けの3つのバリエーションを、1961年のハワイでは4つのバリエーションを確認しています*6。

私たちが2008年夏にヒロ東本願寺で見た「炭坑節」は、日本本土で手拍子が3拍(パパンがパン)のところ、2拍(パン、パン)のバリエーションになっていました。こうしたハワイならではの変化は、たいへn興味深いところです。

(2)現代音頭系踊り曲
一方「ポケモン音頭」「マツケンサンバ」のようなごく新しい踊り曲も、いち早くハワイに移入されて楽しまれています。これらは主として戦後に創作されたもので、アニメの主題歌や人気歌手のポピュラー音楽などが、「民謡音頭風」に制作されて発売されたものです。このため基本的に特定の「地域性」を持たず、商業主義的要素の強いものといえます。

現代音頭系踊り曲

現代音頭系踊り曲
「21世紀音頭」
「ビューティフル・サンデー」
「ポケモン音頭」
「マツケンサンバ」
ほか多数

ハワイ島・ヒロでは、「ビューティフル・サンデー(日本語版)」(原曲アメリカ、日本語版カバー:田中星児(NHKうたのおにいさん))の踊り曲が掛ったのには驚きました。昭和50年代に日本でも流行した懐かしい曲です。今でも日本の一部では盆踊りに使われているものですが、日本語カバーの曲をわざわざ踊っているところが面白いところです。

このように、すでに日本国内でも踊る機会が少なくなっている踊りが、ハワイでは現役で楽しまれているようなこともあり、両地の好み(選好)の相違が見られて興味深いところです。

(3)仏教系踊り曲

ハワイのボン・ダンスの特徴がはっきり出てくるのが、この「仏教系踊り曲」です。正直日本本土の盆踊りでは影の薄い踊り曲であり、私たちもハワイに来るまでその存在すら知りませんでした。

上田喜三郎氏の調査によると、すでに1970年にはホノルル・ハワイ真言別院盆踊りで「大師音頭」が、また1968年には同じく曹洞宗別院で「仏教踊り(詳細不詳)」が踊られています*7。現在ポピュラーな本派本願寺の「親鸞音頭」導入(70年代)以前、1960年代までには仏教系踊り曲のカテゴリーは成立していたようです。

仏教系踊り曲
「大師音頭」
「親鸞音頭」(⇒映像)
など数種類

「仏教系踊り曲」は、日本の仏教教団の創作という成立プロセスを持ち、おそらくハワイの寺院サイドの要請により導入されたと思われる何種類かの踊り曲が、現在ハワイのボン・ダンスで踊られています。たとえば本派本願寺系の寺院を中心に踊られている「親鸞音頭」や、真言系寺院で踊られるの「大師音頭」などが代表例です(ともに教祖の名を冠する音頭を擁しているのも微笑ましい点です)。

ボン・ダンスへの仏教の関与
数多い踊り曲の中でも、踊り始めの一曲目としてこの「仏教系踊り曲」が選ばれるケースが見られるのは、たいへん興味深いところです。踊り開始前の開教師による説教と合わせて「盆供養のため」という意味付けがなされているものと考えられます。

日本本土の盆踊りでも、複数踊り曲を繰り返し踊るタイプの盆踊りでは、一晩の踊りの最初や最後の一曲に象徴的な意味の付された踊り曲を踊ることがありますが、比較してみると面白そうです。また振付の面でも、仏教的な思想に合わせて手拍子よりは「合掌」を意識した動きが取り入れられるなど、仏教的な色彩が随所に施されています。

仏教(寺院)による盆踊りの「芸態」への関与は、日本でもないわけではありません(下のコラム参照)。しかし、そうした仏教系踊り曲が踊り曲類型の一つを構成するほどの存在感をもつことは日本では考えにくく、やはり仏教系踊り曲は仏教寺院とのかかわるの深いハワイのボン・ダンス、ひいては海外日系移民の盆踊りの特徴であるといえるでしょう。

こうした仏教系踊り曲は、一般の踊り曲の構成の中に随時織り交ぜられています。特に仏教信者だけが踊っているというわけでもなく、一般の踊り手も他の踊り曲と変わらぬ感じで楽しんでいるようです。近代的メディアを媒介に流通・上演されており、「現代系踊り曲」の1カテゴリーとして問題ないものと思われます。

◆コラム 「仏教讃歌」と踊り曲◆

日本に帰って調べて驚きましたが、なんと「親鸞音頭」は浄土真宗西本願寺(ハワイの本派本願寺)自身が関与して制作した踊り曲でした。

「親鸞音頭」(サトウハチロー作詞、安藤実親作曲)は、1973(昭和48)年の親鸞聖人御誕生800年・立教開宗750年の法要を前に、1970(昭和45)年に真宗教団連合によって制定された3曲の真宗讃歌のひとつです。歌詞には親鸞聖人のご生涯が織り込まれ、水前寺清子さんの歌でレコード化もされました。

(西本願寺ホームページより)

制作の背景としての「仏教讃歌」
浄土系などの日本の仏教各派には、近代以降西洋音楽を取り入れた「仏教讃歌」という独特の音楽ジャンルを持っています。

山田耕作・信時潔・古関裕而・中田喜直・大中恩・団伊玖磨といったソウソウたる音楽家も数多く作曲しています。親鸞音頭を作曲した安藤実親も、そうした仏教讃歌の作曲者の一人であり、仏教系踊り曲も、こうした文化的バックグラウンドの中で創作されたものと考えられます。

ハワイにおける仏教系踊り曲導入の背景
ハワイ大学のVan Zile氏によると、戦前の民謡音頭系踊り曲の盛行と商業主義の蔓延に対しては、当時日本・ハワイの仏教界は同様に懸念を抱いていました。日本の仏教音楽協会では「盆踊り」という名の民謡音頭風の現代系踊り曲(=音頭)を創作していたそうです(ただし実際にハワイで踊られることはなかったようですが)。また戦後には、ハワイで一時ボン・ダンスの「綱紀引き締め」が進められたこともあり、民謡音頭系踊り曲に対抗する仏教系踊り曲導入のねらいがあったのかもしれません。

Van Zile氏は、1970年代中盤にハワイで寺院主導で「親鸞音頭」が振付けられたと指摘されていますが、おそらく年代的に見ても、先行する日本本土における親鸞音頭創作の動きを受けたものと思われます。

本願寺の盆踊り文化への接近
もう一つ驚いたのは、毎年8月には西本願寺で「納涼盆踊り大会」が開かれており、毎年多数の参加者を集めて親鸞音頭やほかの踊り曲が踊られているというのです(なお西本願寺では、2011(平成23)年の親鸞聖人750回大遠忌法要に向けて2007年に「親鸞音頭」の新作振付を発表しています)。

浄土真宗といえば”盆行事や踊り念仏などの民俗信仰の否定(いわゆる「門徒物知らず」)”というイメージがあまりにも強く、まさか本山のお膝元で本山主催の盆踊りが踊られる時代になっていたとは気がつきませんでした(これもまた、ハワイ取材の一つの成果かもしれません)。

(4)ハワイ・オリジナル系踊り曲

“ハワイらしさ”の前面に出た現代系踊り曲が、この「ハワイ・オリジナル系踊り曲」です(もちろん何が”ハワイらしさ”かというのは問題ですが)。

ハワイをテーマとした曲名や歌詞、音楽、振付等を伴うこと、成立プロセスについても日本本土だけでなくハワイの関与があり、ハワイの「地域性」がるのがポイントです。いわば、ハワイの「ご当地音頭」といったところでしょうか。

ハワイ・オリジナル系踊り曲
「ハワイ音頭」
「アロハ音頭」
「ホレホレ音頭」
など数種類

よく知られているのは、古賀政男のハワイ演奏旅行を記念して作られた「ハワイ音頭」(作詞・西条八十、作曲古賀政男、1950年)です。振付にフラの動きが取り入れられ、歌詞のなかに「カメハメハ」といった言葉が入っています。現在もハワイで人気のある曲で、ハワイの年配の日系人にとっては自慢の1曲のようです。

ハワイ音頭の翌年には、小唄勝太郎のハワイ来訪を記念して「アロハ音頭」(本田篠川作詞、福島正二作曲、歌:小歌勝太郎、1951年)が作られ、いずれも当初ホノルルのレコード会社から発売されています。その他にも、サトウキビ・プランテーション労働の厳しさを歌ったことで有名なハワイの民謡「ホレホレ節」の歌詞にあわせて作られた「ホレホレ音頭」(作曲Raymond Hattori、1957年)などがあります。

詳細は不明ですが、名称で見ると「望郷ホレホレ節」(ホレホレ音頭の類歌か?未詳)、「かりゆし移民音楽祭」といった踊り曲も見られ、他にもハワイ・オリジナル系の踊り曲は相当存在している可能性があります。

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*1
「芸態の基本単位」の名称としては、「踊り」や「音頭」などの有力な候補があります。しかし、単に「踊り」とすると、芸態研究の際に「振付=踊り」と混乱してしまいます。一方、戦前のハワイや北米では「音頭」という名称が使われていたためこれを採用するという選択もあります。しかし「音頭」は、時代・場所により多様な意味を持ち、歌い手や歌の様式など芸態にかかわる意味もあるので、やはり基本単位の名前として適当ではありません。「レパートリー」という用語もありますが、いまひとつ決め手に欠きます。このため、当面は新造用語「踊り曲」を導入しました。後日適当な用語が見つかれば差し替えたいと思います。
ちなみにハワイのボン・ダンスでは、日本から導入されたレコード等による「踊り曲」のことを戦前「音頭」と総称しました。これは北米も同じです。また、ハワイでは戦後伝承系の踊り曲を除く踊り曲は「民謡ダンス」「民謡音頭(popular music)」などと呼ばれるようになりました。

*2
「盆踊り」という言葉の使われ方も多様です。場面によって「芸態の基本単位」を指す意味(例「東京音頭」)でも、「開催の基本単位」の意味でも(例「佃島盆踊り」)、さらには盆踊りという文化現象の全体カテゴリーを指す意味でも使われます。本コーナーでは混乱を避けるため、基本的に盆踊りを「開催の基本単位」の意味で使い、「芸態の基本単位」としての使用は避けています。なお、本コーナーでは特に支障がない限り、ハワイで戦後定着している「ボン・ダンス」という呼称を「盆踊り」と互換的に使います。

*3
「八木節」についてはライブ・ミュージックとレコード音源の2つの上演パターンがあり、起源は明確ではありません。中原ゆかり氏の研究によれば、「八木節」は1930年代に民謡音頭としてのハワイ移入が確認されますが、ハワイ大学のVan Zile氏によればオアフ島では「八木節」はライブ・ミュージックとしての上演とレコードによる2つのケースがあり、前者は起源は明瞭ではないものの福島県の踊りと指摘しています。「民謡音頭系踊り曲」(レコード音源)として移入されたものがライブ化されたものか、レコード音源導入以前に伝承系踊り曲としての移入があったのかよくわからず、2つの類型の境界例的な存在となっています。
*4  参考文献1参照。
*5  参考文献5.参照。
*6  参考文献4.参照。
*7  参考文献1.参照。

≪参考文献≫
1.上田喜三郎「ハワイ日系人社会点描・1970年(4)」太平洋学会誌第91号 2002年
2.中原ゆかり「ハワイ日系人のボン・ダンスの変遷」(水野信男編著「民族音楽学の課題と方法」世界思想社、2002年所収)
3.Van Zile,Judy. The Japanese Bon Dance in Hawaii.Honolulu:Press Pacifica 1982
4.B.Smith,Barbara. THE BON-ODORI IN HAWAII AND JAPAN.International folk music journal
5.早稲田みな子「南カリフォルニアの盆踊り」音楽学 第52巻(1) 日本音楽学会 2006年
6.寺内直子「ハワイの沖縄系『盆踊り』」沖縄文化第36巻第1号、2000年