目次
概観
戦後の困窮期から再独立を経て平和が訪れた。日本は急速な復興と高度経済成長期に入る。この間、都市化の急速な進展とともに、これまで盆踊りの支え手であった共同体が消滅の危機を迎える。民謡ブームにより、地方民謡が全国区になったり、ご当地音頭が地域おこしで作成されるなど、新しい流れが登場する。そして、室町、江戸期からの盆踊りに戦前までに形作られた東京音頭や炭坑節、戦後に新たに加わった各種盆踊りなど、多様なものが併存する時代となる。一方、テレビの登場をはじめとする娯楽の多様化により、出会いの場、若者の夏のエネルギー爆発の場という盆踊りの要素は失われていく。
この時代
敗戦の後、GHQによる統治時代に入り、戦前の文化や教育の否定と、北米文化の流入がはじまる。戦後復興の後に、高度経済成長期に入り、所得の中間層が登場。メディアの主流はラジオから白黒テレビ、カラーテレビへと転換し、レコード、カセットテープなども普及。昭和の最後はバブル経済となり、生活レベルや経済的な利益は頂点に達する。
1951年 サンフランシスコ講和条約
1953年 テレビ放送開始
1955年~1973年 高度経済成長
1958年 LP+シングルレコードの売上が、SPを抜く
1961年 テレビ受信契約がラジオを抜く
1964年 東京オリンピック
1965年~70年 モータリゼーション
1970年 大阪万博
1973年 オイルショック
カラーテレビの普及が白黒抜く
カセットテープの普及
1976年 雑誌の販売が書籍を抜く
1985年 カラオケボックスの登場→歌う文化
1986年 CD売上がレコードを抜く
1986年~91年 バブル経済
基礎情報
人口:1億人程度、急増期
属性タイプ:男女雇用機会均等
寿命: 70才程度
飢饉、災害の状況:地震、台風被害が数年に一度。昭和後期は災害少なめ
伝承媒体:テレビがマスメディアの中心に発展、雑誌や漫画の伸長、カセットテープにより手軽に録音可能に
領有体制:個人の土地保有
庶民の衣服:洋服中心、和服は晴れ着と浴衣に
庶民の食べ物:白米が主食、パン食も広まる。洋食が中心となる
庶民住居:木造モルタルの和洋折衷住宅、核家族化
庶民の娯楽機会:高度経済成長による生活の向上、余裕。レジャーは多種多様に。盆踊りの意義は相対的に減じる。
盆踊り この時代
幾度かの民謡ブーム、大量な「音頭」
昭和30年代三橋美智也の民謡レコードがミリオンセラーを連発
北海盆唄、相馬盆唄、花笠音頭、相川音頭など、民謡を全国区にしたのは、三橋三智也の
レコードの影響が大きいと考えられる。盆踊りの定番となるものも多数
民謡酒場が浅草(吉原)に軒を連ねる
1977年頃の民謡ブーム
NHK「民謡をあなたに」日本のフォークとして人気がでる。(カジュアルな装いでの歌唱など)
民謡記録の完成
民謡の記録
町田佳声→竹内勉
「日本民謡大観」
昭和15年~昭和55年 本土編
昭和56年~平成3年 奄美沖縄編
NHKによる、民謡記録の大河事業
採譜、レコード、民謡歌唱の高度化、踊りの定型化。伝承には有効であるが、地域色や個性は少なくなる傾向
大量で多種多様な音頭
(参考 ニッポン大音頭時代 大石始)
国民音楽としての音頭
戦意高揚の音頭(戦中)
戦後復興 憲法音頭、新平和など
再生の象徴 東京五輪音頭
冗談音楽としての音頭
シティ・スリッカーズ 炭坑節のパロディ
1970年代
ドリフターズ ドリフ音頭(元歌 北海盆唄)、東村山音頭(元歌 三橋三智也吹込)
番組「みごろ食べごろ笑いごろ」電線音頭
→当時小学校でも大人気
海外からの逆輸入盆踊り
ギザギザハートの子守唄 ブラジル
民踊民舞団体の興隆
各地域の団体(師匠と弟子連)ができ、
盆踊り大会でも活躍
昭和後期→平成になると、高齢化
盆踊りのステレオタイプなイメージ
昭和40~50年代になると、盆踊りは子供とお年寄りのイベントになる。若者の楽しみ、男女の出会いの場の要素はなくなる。小学校の盆踊り大会や、体育の授業での盆踊りなどもあり、民俗色より、健全で退屈なイメージの色も一部つく。また、都市部に住む人にとって、盆踊りは、ステレオタイプ的に「炭坑節」「東京音頭」などが想起されるようになり、元々地域の民俗行事という認識が薄れていく。
多様化する盆踊り
特定地域で規模的な人気を博すものも出る。北海盆唄(北海道)、河内音頭(大阪)、江州音頭(滋賀)、阿波踊り(徳島→全国)、郡上踊り(岐阜)、エイサーなど。また、おわら風の盆など、観光的な人気を持つものもでる。また、盆踊りの新しいタイプが増え、室町、江戸起源の踊りも残り、百花繚乱になる。
伝統盆踊りの整理と展開
伝統進化系盆踊り
河内音頭 エレキギターの導入
阿波踊り 全国に伝播
エイサー 若者のダイナミックな太鼓踊りになる
正調化された伝統盆踊り
郡上踊り
踊りや歌詞が整理される
正調北海盆踊り
昭和37年に、バラバラだった踊りが統一
昭和34年2月 「北海炭坑節」をもとに、高橋掬太郎の詩、編曲飯田三郎で「北海盆唄」が改作、三橋三智也が唄いレコードとなる
戦後に生まれた盆踊り
新しいタイプの盆踊りが誕生
新音頭
各地で音頭が作られた昭和20~30年代
昭和39年東京五輪音頭(古賀政男)がひとつのピーク
民謡踊り
民謡系の唄を流行歌手が歌うことにより、盆踊り曲に利用されることになる。
新舞踊
歌謡曲、演歌にあわせて踊る
アニメ系盆踊り
アニメ系音頭の最初は、1965年のオバQ音頭です。藤子不二雄のオバQは大変な人気アニメであり、曽我町子が吹き込んだこの曲も大きなヒットとなる。硬盤レコードともに、ソノシート(薄い材質のレコードで雑誌の付録などに俚謡された)も流通し、子供たちの手に入りやすい形になったのも特筆。
その後、アニメ系盆踊りの定番となった、ドラえもん音頭が登場。
JPOP、洋楽系盆踊り
JPOPにあわせて踊る
1970~80年代
ビューティフルサンデーなど
90年代
ダンシングヒーロー、バハマママなど
高度成長以降、日本人の海外駐在もふえ、日本人会による海外の盆踊りも見られるようになった。