◆「満月」と盆踊り
つぎに、盆踊りの開催日程とも関わりますが、夜に踊るということと「満月」という自然現象との関係が無視できません※1。
とくに旧暦は月の満ち欠けと一致しますから、盆の中日である7月15日は、必ず満月でした。これは偶然ではなく、日本の多くの民俗行事が、月齢を意識した日取りとなっているのです※2。月の光に神秘的な意味を認める文化は、世界の国々に広く見られるものです。
ともあれ、ぜひ想像してみて下さい。
少なくとも全国が旧暦であった江戸時代は、年に一度7月15日の満月の夜、文字通り日本中が盆踊りで踊り明かしたということになります。外国人の目には、相当踊り好きの民族と映ったことでしょう。「盆踊り列島・日本」といったところです。
※1 「月が出た出た、月が出た」:日本で最も広く唄われている盆踊歌の歌詞です(炭坑節)。
※2 三隅治雄氏の「日本の民謡と舞踊」(大阪書籍)では、「お盆に満月の月明かりに乗って先祖の霊が戻ってくる」という信仰があったことを指摘しています。
「満月」については、その演出効果の面も無視できません。踊りの主役であった若者達には、むしろこちらの方が大事だったことでしょう。
石油も電気も無かった昔は、満月の光は貴重な光源でした。月明かりは、踊るには十分な明るさがありました。また、やわらかな月の光は、ロマンチックな演出効果を持っています。町方の盆踊りでは、伝統的な街並みの雰囲気も手伝って(いわゆる「夜目遠目」効果もあって)男も女もいつもよりきれいに見えたことでしょう。盆踊りは、男女の大切な恋愛の場でもあったのです。
◆「徹夜踊り」へのこだわり
さて、いよいよ「徹夜踊り」に触れる段階になりました。徹夜踊りは、文句無く日本の盆踊り文化の最も素晴らしい伝統の一つです。そして、「夜に踊る」ことの魅力を最大限に感じさせてくれるのも、この徹夜踊りです。
「そもそも徹夜で踊るなんて、踊り好きにもほどがある」。郡上八幡で初めて徹夜踊りという言葉を聞いた時、そんな印象を持ちました。しかし、実は昔は、盆踊りを徹夜で踊るのはどこの地域でもあたりまえのことだったのです。
前にも触れましたが、「夜=まつりの時間」というのがその大きな理由です。大晦日をはじめ、夜を寝ずに過ごすいろいろな民俗が日本にはありました※1。さらに、今よりも娯楽機会の少なかった昔は、一年を通じて最大の楽しみである盆踊りを徹底的に楽しもう、という気持ちも強く働いていたものと思われます。
明治時代の盆踊り弾圧では、踊り場の移動や卑俗な歌詞とともに、徹夜の伝統が厳しい取り締まりの対象になりました。また、現代都市社会の様々な事情も、こうした徹夜の維持継承を難しくしています。
※1 「暮らしの中の民俗学①一日」(吉川弘文館」の中で、板橋春雄氏がさまざまな「夜」にかかわる民俗の姿を紹介されています。徹夜踊りにもぜひ触れて欲しかったところです。
しかしながら、徹夜踊りを伝える地域では、いずれもさまざまな工夫と努力を重ね、この文化伝統に強いこだわりを見せています※2。それは何より、徹夜踊りの魅力が地域の人々を惹きつけているからだと思われます。
繰り返す単調な踊りがもたらす恍惚感。夜がふけて踊り好きが残り、手拍子・足拍子がキレイに揃う美しさ。明け方の光の中で、最後の踊りに向けて次第に早まるリズム。そして終った後疲労感と充実感。参加したことのある誰もが、そのすばらしさを讃えます。
盆踊りの時間は、どうしても<夜>であることが必要なのです。「夜に踊る」というこの素晴らしい文化を誇りとし、長く継承していきたいものです。
夜明けの光の中で踊る
<新野盆踊り・00.8.16>