2010年夏は、記録的猛暑。中部地方内陸特有のムッとする熱気の中、東岡崎駅で足助(あすけ)行きのバスを待ちます。今年の盆踊りの旅も、いよいよ最後の「綾渡の夜念仏と盆踊り」を残すばかり。路線バスで1時間です。
渓流のまち・足助(現豊田市)は、多くの渓流が涼しさをひきたてる山中の別天地でした。名勝「香嵐渓」では、人々が夏の川遊びに興じています。渓流沿いの旅館に陣取り、早めの夕食を済ませて出発。目的地「綾渡」(あやど)は標高500mの小さな盆地で、夜念仏の行われる「平勝寺」をはじめ多くの神仏や伝説の祠などが散在し、”祈りの里”ともいわれています。峠道の路傍に、数多くの石仏を見かけました。
夕暮れの平勝寺の庭には、2本の見事な灯籠が。行事で重要な役割を果たす「折子燈籠」(おりこどうろう)です。切子灯籠をベースとしながらも、装飾をかぶせている点と、「極楽絵」「地獄絵」の美しい彩色が施されている点が、綾渡の折子灯籠の独特の姿です。
ところが夕立がパラつきはじめ、折子灯籠は寺務所に退避。”そのままお待ちを”とアナウンスが入りますが、雨はそのまま本降りになりました。集まった多くの見学者たちもお堂の屋根のもとで雨宿り。したたる雨音と深まる闇に、あたりは次第に深山の静寂を取り戻していきます。
じっと待つこと数十分。雨は思いがけずさっぱりとあがりました。カメラを手にした見学者たちが一斉に動きだしました。参道脇に陣取り、「夜念仏」の登場を待ち構えます。
闇の中から響きわたる鉦の音。つづいて「道音頭」の念仏の声。闇の中に極彩色の灯籠がぼうっと浮かび上がります。田んぼの中の一本道を、夜念仏の行列がこちらに向かって進み出しました。香焚(焼香)を持つ人もいて、どこか野辺送りを思わせる雰囲気です。絶え間ないフラッシュに照らし出され、ちょっと不思議な光景になります。
参道脇の広場で「辻回向」を行うと、行列は鐘楼門に向かいます。門には、菊紋の提燈を手にした僧侶が一人。両者が向かい合い、「門開き」の念仏和讃になります。ムラとテラが相対する、ドラマティックなシーンです。やがて一行は僧侶に導かれて寺に入り、観音堂・神明宮・本堂の前で念仏を捧げて、夜念仏が無事終了しました。
この夜念仏は、西三河地方に分布する念仏行事ですが、いまでは伝承しているのはこの綾渡だけになりました。三遠南信に多い念仏踊りと異なるのは、笛や太鼓踊りを伴わず、鉦と和讃で静かに回向するところです。昭和30年代ころまでは新仏の家々をめぐる風も残っていたそうです。
夜念仏のあとに「手踊り」(盆踊り)になるのは、三遠南信の念仏踊りと同様です。あれほどたくさんいたカメラマンたちはほとんど帰り、あとは地元の人たちの楽しみの時間です。寺の庭に、踊りの輪が広がりました。全10曲の踊り曲は、手踊りあり、扇踊りありとバラエティ豊かな構成。全身を使って、舞い上げるように踊る独特の振りには驚かされます。各地の芸能大会で幾度も表彰されただけあって、一人ひとりの踊りの質が高く、見ごたえのある盆踊りです。小さな子どもたちも、負けずに大人たちの踊りにしっかりついていきます。楽しげで、しかも誇らしげな、踊り手たちの笑顔。みんなとってもいい表情です。綾渡の盆踊りは、昔ながらに変わらず人々に愛されているようです。
二本の「折子灯籠」が、人々の踊りの輪を見守るようにじっと淡い光を放ちつづけていました。
開催情報 | |
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日程 | 8月10,15日 |
場所 | 愛知県豊田市足助地区 |
アクセス (公共交通) |
名鉄本線東岡崎駅より名鉄バス足助行き 香嵐渓下車 |